研究学園都市「つくば」における子育て外国人家族のニーズ
澤田 浩子(筑波大学 人文社会系)
松崎 寛(筑波大学 人文社会系)
1.はじめに
茨城県の在留外国人の数は67,986人、自治体別に見ると、つくば市が10,061人(人口比4.2%)で最も多く、次いで常総市5,239人(人口比8.8%)、土浦市4,247人(3.1%)と続き、いずれも県南地域で多くなっている[1]。本発表では、研究学園都市として発展を続けてきたつくば市に焦点をあて、外国人住民の増加の背景と、筑波大学と周辺地域との関わり、またそこで生じた課題をめぐって発表者らが近年行ってきた活動について報告する。
[1] 出入国在留管理庁「在留外国人統計」(2019年6月末現在)による。
2.研究学園都市「つくば」の変遷と日本語支援
研究学園都市「つくば」のあゆみは、1970年に公布された「筑波研究学園都市建設法」に始まる。1972年に研究学園都市計画区域として指定された地区に研究所や大学等が移転を開始し、1980年には43の機関が移転を完了している。この間、教育・研究機関で働く研究者やその家族らの急激な人口流入が続き、その子どもたちのための幼稚園、小学校、中学校が相次いで開校している。この時期、筑波地区に以前から住んでいるいわゆる「旧住民」と、これら「新住民」との間で、生活上のトラブルが生じたり、また両者の壁を解消するべく交流の場を設けるなどの試みがなされていたことが『長ぐつと星空』に報告されている。また、いわゆる「新住民」の子どもたちが、自らの母方言の言語アクセントと茨城県南の方言アクセントとのどちらを選択し、学校生活を確立していったのかなどを調査した堀口(1980, 1982)の論考も興味深い。
その後も、1985年の常磐自動車道の開通、国際科学技術博覧会の開催とその跡地利用による工業団地の開発等、交通インフラの整備や企業誘致が続くことで人口が増加し続け、1987年に3町1村が合併してつくば市が発足する。この時期、「新住民」の生活環境が整い、彼らによる市民活動が活発になってくると、研究学園地区に住む外国人住民のための日本語支援がスタートする。1981年には、教育・研究機関、企業等に勤める外国人の家族を対象とした無償の日本語教室「虹の会」が発足、1985年には吾妻小学校PTA団体「風の会」による外国人児童のための日本語教室が始まっている。しかし、工業団地周辺で外国人労働者の定住化が進んでいるにもかかわらず、日本語教室などの支援施設が研究学園地区内に偏っている課題を山崎・金久保(2010)が指摘している。
表1:筑波研究究学園都市およびつくば市の沿革[2]
1963 (昭和38) | 筑波地区に研究学園都市の建設を閣議了解 |
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1970 (昭和45) | 「筑波研究学園都市建設法」制定公布 |
1972 (昭和47) | 公務員宿舎入居開始 無機材質研究所、高エネルギー研究所等移転開始 |
1973 (昭和48) | 筑波大学開学 |
1974 (昭和49) | 研究学園地区に初の竹園東幼稚園、竹園東小学校、竹園東中学校が開設 |
1980 (昭和55) | 筑波研究学園都市が概成 |
1985 (昭和60) | 常磐自動車道が東京と開通 国際科学技術博覧会の開幕 |
1987 (昭和62) | 大穂町・豊里町・桜村・谷田部町の合併により「つくば市」発足 |
1988 (昭和63) | つくば市に筑波町を編入合併 |
1990 (平成2) | 東京家政学院筑波短期大学(現: 筑波学院大学)、筑波技術短期大学(現: 筑波技術大学)の開学 |
2002 (平成14) | つくば市に茎崎町を編入合併 |
2005 (平成17) | つくばエクスプレス開業 |
2007 (平成19) | つくば市が特例市に移行 |
2010 (平成22) | つくば市本庁舎開庁 |
2011 (平成23) | 「国家公務員宿舎削減計画」公表 |
2017 (平成29) | 西武筑波店閉店 |
2005年に秋葉原とつくば市を結ぶ「つくばエクスプレス」が開通すると、その沿線の宅地開発が進んで都心部を通勤圏とする世帯の流入が増え、2007年には人口が20万人を突破して特例市に移行している。さらに2010年代に入り、研究学園地区内にあった国家公務員宿舎の削減が決定され売却が始まると、駅周辺の再開発が加速化し、大規模マンションの建設が相次ぐなど人口は増加の一途をたどっている。
現在のつくば市内における外国人住民の居住する街区を見てみると、①「研究学園地区」内の各街区は研究学園都市の形成当初から、留学生や外国人研究者、その家族たちが多く住んでおり、現在もなお外国人比率の高い地域である。表2に挙げたように天久保地区では丁ごとに比率は異なるが、いずれも17-25%と高比率の街区が集まっている。また、研究学園地区外では、1978年事業開始の②「東光台研究団地」周辺の他にも、つくばエクスプレス沿線の③「つくばみどりの工業団地」周辺で、近年になって外国人住民が密集して居住する街区が存在する。
80年代以降「新住民」たちの自発的な市民活動により支えられてきたつくば市の日本語支援の中心は、やはり彼らの生活の基盤である研究学園地区にあるが、その外の地域における日本語支援は未だ十分とは言えず、山崎・金久保(2000)の指摘する課題は改善されることなく、現在も地域間の格差がより拡大する形で存在している。
表2:つくば市における外国人住民の比率の高い街区[3]
① 研究学園地区 | 天久保1-4丁目 | 17-25% |
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春日1-4丁目 | 6-18% | |
吾妻1-4丁目 | 5- 8% | |
竹園1-3丁目 | 6-10% | |
並木1-4丁目 | 5-11% | |
② 東光台研究団地 | 桜3丁目 | 11% |
東光台3丁目 | 12% | |
③ つくばみどりの工業団地 | 花島新田 | 12% |
下萱丸 | 11% | |
谷田部1丁目 | 6% |
[2] 「統計で見る筑波研究学園都市の50年」、およびつくば市ホームページ「つくば市年表」「研究学園地区のまちづくり」をもとに作成。
[3] 住民基本台帳「つくば市行政区別人口統計表」(2019年3月1日現在)による。
3.筑波大学とその周辺地域の課題
さらに研究学園地区内の変化にも目を向けてみよう。筑波大学は、毎年多くの外国人留学生を受け入れており、近隣地域へ与える影響は大きい。筑波大学の外国人留学生在籍者数は、2009年には1,522人であったのが、2019年には2,372人と、この10年で約1.6倍の増加となっている。子ども帯同で来日する留学生も増えてきており、特に世帯者用宿舎のある学区の小中学校では、外国人児童生徒数の急増が課題となっている。発表者らは2018年4月より、小学校からの相談に応じる形で聞き取りを行なっている。
それによると、①保護者(すなわち留学生)の日本語力が十分でなく、意思疎通に困難があること、②保護者が日本の学校制度や地域社会のルールを十分には理解しておらず、子どもの通学時のバス乗車マナーなど、本来なら家庭で行われるしつけが行き届いていないように思われること、③保護者の研究従事が夜間まで続き、子どもが夜遅くまで一人で宿舎にいるようであり、治安や教育上の観点から心配であること、④保護者の研究上の都合により突然帰国するケースや、将来的な滞日年数の見通しが立たないケースが多く、子どもの長期的な学習計画が立てられず、教育上の観点から大変心配であること、などの心配や困りごとが挙げられた。
もちろん、このようなケースがすべてではないが、外国人児童生徒だけでなく、その保護者である留学生本人がサポートの必要な状態にあると思われ、学校現場と大学とで連携して解決に当たる必要がある。しかし、留学生が来日後に家族を呼び寄せたり出産をしたりなど、大学がそれらを全て把握するのは難しく、支援の必要な人数を正確に把握することができないのが現状である。また、大学の学生支援も、留学生本人へは適用されるが、その帯同家族までは難しく、子育てはあくまで留学生本人の責任に委ねられている。今後、筑波大学の国際戦略のなかで、さらなる留学生受け入れを促進するのであれば、留学中も子育てしながら研究を続けられる環境の整備など、多様なライフステージでの留学をサポートする仕組みを整えていく必要があると考える。
4.学内外のネットワークづくり
以上のような小学校側からの声を聞き、発表者らは2018年6月から、外国人児童生徒の日本語支援や、留学生・外国人住民と地域社会の問題に関心を持つ研究者らに声をかけ、分野を超えて課題解決をしていくための学内ネットワークを作り始めた。2019年1月には、日本語教育、教育学、社会学など9名の教員で、筑波大学人文社会系リサーチ・グループ「多文化的背景を持つ児童生徒教育のための研究グループ」を立ち上げた。その後、このリサーチ・グループを活動母体として、現在までに主に表3に挙げるような活動を行ってきている[4]。現在、リサーチ・グループのメンバーは14名に増えている。
また、学外との連携については、2019年4月に、つくば市における外国人児童生徒の課題に対して官民学が協力しあえる仕組みとして、「つくば日本語支援プラットフォーム」を発足させた。つくば市教育局、つくば国際交流協会、市民ボランティア団体代表、筑波学院大学、筑波大学が参加しており、不定期に会合がもたれ、課題の共有など情報交換を行うとともに、つくば市国際交流協会を中心に企画されている夏休み・春休みの子ども日本語教室、外国人家族のための進学相談会の実施などで連携を図っている。
また、学内のつながりとしては、筑波大学の課外活動を支援する枠組みT-ACTを利用して、2019年6月に「つくば子育て家族サポートプロジェクト」(プランナー:澤田浩子)を企画した。これは、T-ACTの枠組みを利用することで、この課題に関心のある学生、大学院生、教員、職員すべてが、立場に関係なく関われる活動基盤の構築を目指したものである。以下5節、6節では、T-ACT「つくば子育て家族サポートプロジェクト」で実施した留学生家族の実態調査アンケートと子育て家族のための懇話会の活動について、現時点での活動状況を記す。
表3:学内外のネットワーク作りに関する活動内容とその時期
時期 | 活動内容 |
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2019年1月 |
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2019年2月〜3月 |
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2019年4月 |
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2019年6月 |
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5.留学生家族の実態調査
アンケート「筑波大学留学生および家族の言語生活に関する実態調査」は、留学生本人とその帯同家族の日本語使用の実態を把握し、そこでの困りごとを集約する目的で計画した。留学生の多い10の言語(英語、中国語(繁体字)、中国語(簡体字)、韓国語、インドネシア語、マレー語、ポルトガル語、ベトナム語、タイ語、ロシア語)に翻訳してウェブ上で実施した(図1)。アンケートは「A. 大人編」「B. 親編」「C. 子供編」の3部から構成され、現時点での回答件数(2019年8月~2020年1月)は以下の表4の通りである。
表4:「筑波大学留学生および家族の言語生活に関する実態調査」構成と回答件数(2020年1月現在)
構成 | 内容 | 回答件数 |
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A. 大人編 | 本人の日本語力について、4技能別、および日常場面・大学場面・職場場面別に問う。また、配偶者の日本語力等をきく。 | 96件 |
B. 親編 | 子どもの教育に関わる日本語力(学校との連絡、進路の相談、宿題を見る等)を問う。また、学校の支援の現状、要望、悩み、相談相手等をきく。 | 15件 |
C. 子供編 | 子どもの日本語学習環境や、学習・生活上の日本語力をきく。 | 4件 |
今回は、この中から「B. 親編」の「子育てと学業・仕事の両立について悩んでいることはあるか。それに対して筑波大学に求めることはあるか」という質問に対して寄せられた自由記述回答の中からいくつか紹介する。
悩んでいることとして、「やることが多すぎて、授業を受けているときなど、子どもの要望に十分留意できない。私は授業やアルバイトで疲れている。大学に学生専用託児所があればとても役に立つ。国の施設は順番待ちなので、授業に出るには、高い保育料を払わざるを得ない」のように、学修・研究と子育ての両立において施設不足や金銭的な面で悩む留学生の声や、「日本は教育・養育の基盤が整っており、仕事と子どもの教育は非常に便利が良いが、言語の問題で、母国での学業・仕事の経験をリスタートしている状態。子供の教育に費やす時間はますます増え、時間的に厳しいと感じる。実用的な情報の公開や日本語学習の場があれば、より日本社会に溶け込みやすくなると思う」といったように、言語の壁のために母国で積み上げた子育ての経験やキャリアが日本で活かされず、時間的に追い込まれる窮状を語る声があった。また、筑波大学に求めることとして、「学生や仕事のある人が週末や夕方に通える日本語教室」「小さな子どもがいる学生同士が経験を共有できる集まりの開催」のような、日本語支援が受けられたり、子育て家族どうしがネットワークを構築できたりする場の要望、また「親への財政支援、学校教材の提供」といった経済的な支援を求める声が挙げられた。
6.子育て家族のための懇話会
アンケートでの調査を進める一方で、子育て家族のネットワーク作りを目指し、「子育て家族のための懇話会」を開催した。第1回は 2019 年11月16日に筑波大学スチューデントプラザにおいて行われ、中国語話者の子育て家族7家族が集まった。およそ2時間にわたって、オーガナイザーの大学院生が中国語による通訳を行いつつ話し合いが進められた。また、子ども連れで安心して参加できるよう、オーガナイザーの大学生らが子どもと一緒に遊ぶキッズスペースを用意した。
懇話会で出た意見として、「入園の際にキャンセル待ちが存在するといった、保育園の入り方やシステムがわからない」「保育園に預けようと思っても、学生より働いている人たちの子どもが優先される」といった就学前の子どもを抱える家庭の子育てと学業の両立の問題、「中学受験や高校受験のシステムや、どの学校を受ければいいのかなどがわからない」「中国語での進路相談会を定期的に開いてほしい」といった進学に関する情報に関する問題などがあった。また、「中国語を忘れてしまうのではないか」「しっかり中国語の文法や語彙を教えたいが余裕がない」といった子どもの母語保持に関する不安や心配の声も上げられた。
懇話会の終盤では、「学内に子ども同士が交流できるスペースがほしい。何か目的を持って集まった上で中国語しか喋れないような環境を作ることができれば」といった具体的な提案も出され、参加者自らが懇話会を継続的に実施する希望が出されるなど、外国人留学生・研究者が自ら市民活動の担い手として参画できる場こそが彼らのニーズであることを実感した。
【言及文献・資料】
- 筑波研究学園都市の生活を記録する会編(1981)『長ぐつと星空:筑波研究学園都市の十年1, 2, 3』筑波書林
- 堀口純子(1980)「筑波研究学園都市における新旧住民の交流とアクセント」『筑波大学文藝言語研究』言語篇5号, pp.71-101
- 堀口純子(1982)「筑波研究学園都市における新旧住民の交流とアクセント(2)」『筑波大学文藝言語研究』言語篇7号, pp.127-145
- 山崎由紀子・金久保紀子(2010)「つくば市在住外国人に対する日本語支援状況」『筑波学院大学紀要』5号, pp.131-140
- 「筑波研究学園都市の歴史に見る都市づくりのあり方」国土交通省ホームページ
- 「つくば市」つくば市ホームページ
- 「統計で見る筑波研究学園都市の50年」つくば市公式ウェブサイト