日本語・日本文化学類とは?
What is "Nichi-Nichi"?

なぜ、日本を目指すのか。ベトナムの留学・就労希望者たち-いずれ日本は見離される恐れも-

堀江 学(一般財団法人 国際教育交流フォーラム 理事長)

本稿は、2019年1月12・13日開催の筑波大学 日本語・日本文化学類/国際日本研究専攻主催、第2回国際シンポジウム「地域社会と多文化共生」において1月13日に筆者が本標題でお話ししたことを基に、本論集用に多少改訂して論述するものである。

1.「ベトナム人留学生問題」とは何か

2012年以降、伸び悩む東アジアからの留学生数とは異なり、ベトナムから日本への留学生数は不自然なカーブを描いて急増した。

このベトナム人留学生数の急増の背景には、主に大都市部における経済の急成長と、それに取り残された中北部等の地方との格差の拡大が大きく関わっていると思われる。

つまり、いわゆる「出稼ぎ留学生」がベトナムから日本への留学生数を押し上げていると考えられるわけである。並行して、在留資格「留学」にかぎらず、在留資格「技能実習」も急激に増加してきている。2011年にベトナム人1万3789人/全体14万3308人であったものが、2019年6月末にはベトナム人18万9021人/全体36万7709人で、ベトナムは日本への最多の技能実習生送出国となっている(出入国管理庁「令和元年6月末現在における在留外国人数について(速報値)」)。勉学を本来の目的としない「出稼ぎ留学生」と、技術移転を建前とした「技能実習」に名を借りた単純労働による出稼ぎ目的のベトナム人が急増したわけである。

2.目覚ましい経済成長と国内の不均衡

3.出稼ぎは、貧しい地域から

2019年11月23日、ロンドン郊外でトラックのコンテナから39人もの遺体が見つかったというニュースは、世界中に大きな衝撃をもって伝えられた。全員がベトナム人で、15歳から44歳の男女と判明した。中でも26歳のファム・ティ・チャ・ミさん(写真)は、その前には日本で技能実習生として弁当工場に3年間勤めていたということもあり、日本でも多くの関心を集めた。日本から帰国してすぐ、再び家族のためにイギリスへの出稼ぎを目指した。密航するために、ブローカーに400万円あまりを支払ったという。他の38人の犠牲者も似たよう状況であったと思われる。出身地の多くは経済発展から取り残された中部の地域であった。

『ベトナム統計年鑑』によると、2019年10月までの間に12万人近いベトナム人が労働者として海外へ出ている。最も多い渡航先国は日本であり、全体の半数余りを占めている。一般に海外への出稼ぎは、ゲアン省、ハティン省、クアンビン省等、中部からが多い。

4.「出稼ぎ留学生」と技能実習生問題は同根の問題

いわゆる「出稼ぎ留学生」あるいは「偽装留学生」とも呼ばれる、滞在の目的が勉学ではなく労働により収入を得ることである在留資格「留学」で在日しようとする者たちの存在が、これまでの「留学生」に関わる事件のきわめて多くを引き起こしてきた。

2019年3月以降、社会問題となった東京福祉大学に在学した約1,600名の行方不明の留学生[1] の多くは、出稼ぎ目的で来日し日本語学校に行ったが、日本語学校での最長2年間の在学可能期間を過ぎるため、高等教育機関に進学しようとしたものの、日本語能力等が高等教育を受けるために必要な水準に達せず、同大学に学部研究生という1年度限りの資格で在学していた。これは、同大学の方針で、こうした留学生を収益のために積極的に入学させていたということであるが、おそらく他の一部の大学でも同様の事態は進行していたかと考えられる(在日留学生33万6847人、うちベトナム人8万2266人)[2]

また、2019年6月末現在、36万7709人(うちベトナム 18万9021人)[3] が在留する「外国人技能実習生」も、建前上の「途上国への技術移転」[4] のためなどではなく、現場の本音は労働力不足のための受け入れであるのが実態だが、「出稼ぎ留学生」同様の厳しい経済的背景と労働条件とを抱えている。

つまり、「労働力」としての外国人受け入れという意味では、これらは同根の問題のもとにある。

[1] 2016~18年度に約1万2千人の留学生を受け入れたが、うち1,610名が所在不明、700名が退学、178名が除籍になっていた。日本経済新聞 2019年6月11日「留学生1600人不明 東京福祉大に受け入れ停止指導」2020年1月28日閲覧

[2] 法務省「令和元年6月末現在における在留外国人数について(速報値)」2020年1月28日閲覧

[3] 脚注2に同じ。

[4] 「我が国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う『人づくり』に協力することを目的」厚生労働省ホームページ 「外国人技能実習制度について」2020年1月28日閲覧

5.介在するブローカーと法外な手数料

ベトナムから日本への留学や移住労働には、そのほとんどにエージェント/ブローカーが介在していて、法外な手数料を取るために、留学生や移住労働者の多くは借金をせざるを得ない状況である。日本語学校への留学には、当初払い込む授業料を含めて150~200万円を支払っていると思われるが、必ずしも、実態ははっきりしない。技能実習生の場合、ベトナムでは、労働・傷病兵・社会省が手数料の上限金額を、3年契約の場合3,600USドル(約39万2000円)以下と定めていて、別途、教育費が約520時間の日本語教育に対し、事前教育費として590万ドン以下(約2万7800円)が建前であるが、守られている様子はなく、聞くかぎり、実際には100~150万円、もしくはそれ以上の手数料をエージェント/ブローカーに支払っている。もし、貧しい地域からの出稼ぎだとすると、その家族等では、到底、賄いきれない金額であることは想像に難くない。したがって、日本に到着した時点で、すでに借金まみれであり、何が何でも働いて学費と日々の生活費を稼ぎ、借金の返済のための貯金もしなければならない。これが、「出稼ぎ留学生」と技能実習生を含めた移住労働者が抱える基本的で深刻な問題である。

6.行政の後手後手、正しい情報の不在

今日のように事態が深刻化しても、日本政府は比較的悠長に構えてきたように見える。ようやく、2019年4月1日に改定され施行された「出入国管理及び難民認定法」(入管法)で、単純労働者を受け入れる在留資格「特定技能」が新設され、2019年度は最大で4万7550人、5年間で約34万5000人の外国人労働者の受け入れを見込んでいるが、現実には、広報の遅れ、受け入れ過程が複雑すぎる等の理由もあったのか、後手後手に回り、「特定技能」への応募は政府の目論見よりも出足は悪く、2019年11月30日現在、初年度最大4万7550人の受け入れ目標値に対し受け入れたのは1,019人でしかなかった。[5] 海外での試験も実施し始めているが、果たして5年経過したときに34万5000人も来るのかどうかが大いに危ぶまれる。

「特定技能」で一般的な「1号」の場合、5年間しか在日できず、期間終了後、帰国しなければならず、家族の帯同も認められないといった条件も敬遠される要因となっているのではないかと想像できる。

また、日本留学にせよ、技能実習にせよ、ベトナム等海外で客観的な情報を提供する公的または半公的な窓口がほとんど存在しないことも、より問題を深刻にすることにつながっていると考えられる。

日本留学については、ベトナムではハノイの日本大使館やホーチミン市の総領事館には相談や情報提供の機能はなく、大使館のホームページで渡航関係等の注意点につき広報するにとどまるが、いったいどれほどの人が、毎日のように、ひじょうに多くの様々な分野の情報が提供されているそのホームページで必要な情報を見ているのであろうか。そして、2017年に日本学生支援機構(JASSO)はハノイに事務所を開設したが、日本人職員は1名であり、国土が南北に細長いベトナムの最大都市、南部のホーチミン市や発展目覚ましい中部のダナンなどには拠点はなく、全国に多数いる日本留学希望者にきめ細かい広報や助言を十分に行える体制にあるとは思えない。技能実習あるいは特定技能に関しても状況はさらに悪く、JASSOのような窓口もない。

[5] 入国在留管理庁「新たな外国人材の受入れ及び共生社会実現に向けた取組」2020年1月28日閲覧

7.日本は、今や低賃金国

政府の長年のデフレ政策により今や、日本の賃金は先進諸国中、相当低いものとなってしまっている。これで、果たして海外から日本に働きに来ようという人がどれほどいるのか。

出稼ぎに行く人たちは、少しでも稼げるところに行くのが当然であり、いくら「クールジャパン」を宣伝して日本に親しみを抱いてもらっても、海外で働いて賃金を得るとなれば、日本を見離し、来なくなる可能性があると考えるのが自然であろう。

8.あるべきかたちを求めて

ベトナムにおける日本語教育の強化も重要であり、そのための優れた日越の日本語教員の養成と薄給の教員への支援策も必要であるのは論を俟たない。しかし、今、一日も早く必要なのは、正確な情報をベトナムの人々に広く知らせ、日本に留学や就労で来る人たちが悪質なブローカー等の被害に遭わないようにする手立てであり、関係者・機関が共に考え、協働するプラットフォームを構築することであろう。

日本に来てしまってからでは遅いのである。ベトナム人に限らず、日本に勉学や移住労働で来る人たちは、将来の夢や希望を抱きながらも、日々の生活があり、家族もある人たちなのだ。今のままでは、「日本に行ってひどい目に遭った」、「日本は冷たい国だ」といった否定的な感想を持つ人ばかりが累積していきはしないか。事前に十分な正しい情報を提供し、海外から来る人それぞれの要望に沿える支援ができる受け皿を早急に用意する必要がある。

スイスの作家で建築家のマックス・フリッシュがすでに1965年に言ったように、「我われは労働力を呼んだが、やって来たのは人間だった」という至極当然のことを、ともすれば忘れがちになってしまうことに心しなければならない。

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