無資格在留外国人の生活実態と日本語習得に関する一考察-クルド人女性へのインタビュー調査から-
片山 奈緒美(筑波大学大学院 人文社会科学研究科 国際日本研究専攻)
1.研究の背景と目的
埼玉県JR蕨駅周辺(通称:ワラビスタン)には約1,500人のトルコ系クルド人(以下、クルド人)が集住する。1990年代以降、トルコでの迫害や差別を理由に来日して難民申請をしているが、2019年12月現在、難民認定された者はいない。その結果、彼らの多くは在留資格を持たず、入国管理局の施設に収容されるか、収容を免除された「仮放免」者として就労と移動を禁じられ、困窮した生活を長期間続けている(中川2001、ロイター2016)。
ワラビスタンのような多文化環境において、接触場面と言語コミュニケーション、そしてコミュニケーションの動機付けが揃うと多文化共生に必要な日本語コミュニケーション「わかりあえる日本語」(片山2020)が構築される。本稿はクルド人女性へのインタビュー調査で彼らの生活や日本語習得について聞きとり、ワラビスタンで「わかりあえる日本語」を形成するための課題を探ることを目的とする。
2.調査
本研究は2019年1月にクルド人成人女性2名を対象に日本語でインタビューを行い、録音したインタビューを書き起こして分析した。成人女性を対象にしたのは、日常の生活や子どもの学校を通じて日本人住民との接触場面を持つ可能性が考えられるためである。また、2019年1月現在、ワラビスタンのクルド人成人女性で日本語を話せる人はきわめて少なく、本研究のデータは通訳を介さずにインタビューをした貴重な資料だと言える。
本調査は対象者2名の調査結果からクルド人女性の生活実態や日本語習得について一般化するものではなく、本調査で得られたデータより、ワラビスタンで「わかりあえる日本語」を構築するための課題を探ることを目的とする。尚、インタビュー対象の2名の年齢、分類、インタビュー時間は下記の通りである。
表1 インタビュー対象者
年齢 | 分類 | インタビュー時間 | |
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KF1 | 30代 | 既婚・子0人 | 29’19” |
KF2 | 30代 | 既婚・子3人 | 38’51” |
3.調査結果
インタビューデータの断片の一部を抜粋する。
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朝鮮族は誰か-アイデンティティ問題
KF1は2003年に観光で一度来日し、2カ月ほど滞在するが、日本になじめずにトルコに帰国する。しかし、その後も日本に滞在していた兄が、日本で行われたクルド民族の祭り「ネブロス」で撮影した写真を持って2004年にトルコに帰国すると、写真の所持はテロのプロパガンダの証拠だとされ、空港で当局に拘束され、拷問を受けた後に釈放される。これを機に2005年にKF1を含む家族全員が何回かに分けて来日し、難民申請をした。
KF1は平仮名の読み書きはできるが、漢字は小学校前半レベルのものが読める程度である。しかし、他のクルド人成人女性に比べて話し言葉の習得が進んでおり、家族や友人の通訳を務めている。まず、話し言葉の習得方法について尋ねた。
Intv.(インタビュアー):(KF1さんは)通訳がいらないくらい日本語ができますが、どうやって日本 語を勉強しましたか?
KF1:日本に来たときは、工場でアルバイトしてて……まとめて5年くらい仕事して、で、そのときは、あの、みんなで、アルバイトした友だちとか、話しながら、ふだんの生活のこととか話したり、で、そこのおばさんはやさしい日本語で声かけたりして、で、それで……
Intv.:それで覚えた?
KF1:そう、それでこれ安いとか、今日カレーつくるとか、今日洗濯しましたとか、そういう感じで毎日ふだんので……
Intv:じゃあ、教科書で勉強したり、学校で勉強したりというのではなくて、ふだんの日本人との会話で?
KF1:そうです。
KF1は2005年の再来日後の5年間、日本人のアルバイト仲間などとのおしゃべりから日本語を習得した。しかし、2014年から2015年にかけて難民申請者数が増えたのちに規制が厳しくなり、以後はアルバイトができなくなったとも語っている。 -
KF2の事例
KF2トルコでクルド民族であることを理由に差別され、家族が当局による弾圧を受けたのをきっかけに、2005年に第1子を連れて家族で来日する。来日後に第2子、第3子を出産する。インタビューの1年ほど前から夫が入局管理局施設に収容されており、KF2自身も「仮放免」の身分であるため働くことができない。インタビュー時の生活は困窮を極め、親族や友人、日本人の支援者等の助けを借りながら生活している。
Intv.:ご主人が収容されました。1年経ちました。生活はどう変わりましたか。
FK2:変わった。とても、たいへん。主人いない、仕事ない。わたし、仮放免で仕事できない。とてもたいへん。子ども3人、とてもたいへん。〈第1子の名前〉だいじょぶ。でも、上の学校行きたい、お金かかる。〈第2子の名前〉だいじょぶ。お父さんいない、でも、がんばてる。〈第3子の名前〉たいへん。わたしの(言う)こと、きかない。〈第3子〉、ほんとにたいへん。日本人みたい。日本人と同じこと、したがる。勉強、すぐやめる。公文の宿題、すぐやめて遊びにいく。わたし、怒ってもだめ。お父さんいないとだめ。
Intv.:〈第3子〉と12月に話しました。アイスクリームを食べたいといったら、お母さんはだめだと言いました。
FK2:そう。〈第3子〉、先生(Intv.のこと)に何でも話す。わたし、アイスクリームだめと言った。わたしたち、保険ない。風邪ひいても病院行けない。お金かかる。病院、先生(医師のこと)言うこと、わからない。だから、だめと言った。でも、〈第3子〉、わたしの(言う)こときかない。わたし、心配すること、わからない。〈第3子〉、たいへん。わたし、ストレスいっぱい。今日も〈第3子〉、学校でどこか行った。3000円いると言った。どこ行ったか、わからない。説明わからない。お金いる、言われたら、あげるしかない。
KF2は夫が収容されて以来、経済的な困窮に加えて第3子の子育てに悩んでいる。平易な日本語で話しかけると質問を理解し、自分の事情や気持ちを語ることはできるが、学校からのおたよりを読むなど日本語の読み書きはほとんどできない。学校の行事で出かけるからお金が必要だと子どもに言われても、行事の内容が理解できず、乏しい生活資金の中から言われた金額を渡すしかないと語る。
4.考察
2018年の法務省入国管理局の「別表①難民認定申請者数の推移」によると、2012年頃から難民認定申請者の増加傾向が見られ、KF1が述べたように2014年以後は前年より2,000~8,000人程度増加している。これ以降、KF1のように難民認定されていない外国人在留者への就労規制が厳しくなっていたのであれば、日本人との接触場面が限られることとなり、日本語習得が進まず、日本語が話せないので日本人と交流できないという悪循環が起こっていると考えられる。これは、日本語学校などで勉強する経済的余裕がなく、日中在宅していることが多いクルド人成人女性の日本語習得が遅れている要因のひとつと言えるだろう。
KF2はクルド人支援団体でのボランティア活動の中で日本語を学び、日本語の話し言葉の習得が進んでいる夫などからも教えてもらって話せるようになった。買いものをしたり、日本人と待ち合わせの約束をしたりといった日常的な会話はこなせるが、読み書きがほとんどできないため、子どもの学校生活についてつかめないことを不安に感じているようだ。
また、医療については、医師の話や問診票に書かれていることが理解できず、自分の症状をなかなか伝えられないことなどへの不安をあげている。寺岡・村岡(2017)などが述べているように、外国人在留者はKF2と同様の不安を抱えることが多い。クルド人は日本語も英語も話せない人が多く、漢字圏出身者と異なり、筆談もできないという点で問題をより深刻化させており、現状では病人が出た場合、KF1のように日本語ができる人物に通訳代わりになって付き添ってもらうしかない。
5.まとめ
クルド人は日本滞在を続ける以上、より日本語を習得することが生活改善の方策になるのはまちがいないだろう。しかし、「迫害で小学校しか行ってない人、多い」(KF1)クルド人の成人が日本語の読み書きまで習得するのは困難と思われる。
クルド人側と日本人側の双方が真に「共生」するには、互いの歩み寄りが欠かせない。互いに理解できる言語コミュニケーションで接触場面を増やし、動機付けの伴うコミュニケーションで相互理解を進める「わかりあえる日本語」が構築されることが望ましい。
「わかりあえる日本語」を構築する一例として、たとえば、病院で自分の症状を伝えられるように、問題のある体の部分や症状の内容と程度などの単語を指でさして示せる「トルコ語/日本語 指さし会話帳〈病院編〉」などがあると、クルド人が病院でコミュニケーションをとる助けになるだろう。
2019年4月以降、日本は外国人労働者大量流入時代を迎え、今後、ワラビスタンのように狭い地域に特定の背景を持つ外国人が集住する地域が増える可能性もあるのではないだろうか。クルド人コミュニティにおける生活や日本語習得の問題と地域社会で共生するための課題について研究を進めることは、これから他地域で起こりうる問題に対処する方策の研究にもつながると思われる。
【参考文献】
- 片山奈緒美(2018)「『やさしい日本語』から『わかりあえる日本語』へ:クルド人住民の接触場面形成の可能性と日本語教育が果たす役割」『多言語社会と言語問題シンポジウム2018予稿集』35-36、言語管理研究会 (2019年1月5日閲覧)
- 片山奈緒美(2020)「『わかりあえる日本語』構築のために―クルド人コミュニティでの日本語意識調査から―」『国際日本研究』12号、筑波大学人文社会科学研究科国際日本研究専攻(印刷中)
- 寺岡三左子・村中陽子(2017)「在日外国人が実感した日本の医療における異文化体験の様相」『日本看護科学会誌』37、35-44
- 中川喜与志(2001)『クルド人とクルディスタン――拒絶される民族――』南方新社
- 法務省(2018)「別表①難民認定申請者数の推移」(2019年2月13日閲覧)
- ロイター(2016)「特別リポート:明日見えぬ難民申請者,広がる不法就労の闇市場」(2019年1月5日閲覧)