日本語・日本文化学類とは?
What is "Nichi-Nichi"?

コミュニケーションと発音習得の諸問題-土岐哲「公平な耳社会の実現」の再評価-

松崎 寛(筑波大学 人文社会系)

1.研究の目的

非母語話者とのコミュニケーションにおける発音について、大坪(1990)は論点を、「正・誤」の問題、「情」の問題、そして、外国人訛りを日本人がどう感じどう評価するか、の3つにわけて整理している。例えば、「正・誤」は「腐食/不足」の「シャ」「サ」等の意味弁別の問題、「情」は、「こんなに」の[k]の気息が強いと感情的な人だと誤解される、等の問題だが、三番目の聞き手側の問題については、「現在、まったく研究がなされていない分野であり」、「ある種のなまりは軽蔑の対象としてあざ笑われる」など「日本人の外国人に対する人種差別を明瞭な形で示す結果になる可能性がある」ため「非常に重要な問題」だ(大坪1990:27-28)という問題提起をしている。

コミュニケーションにおいて発音は重要だとよく言われるが、土岐(1989)は、この「重要性」を、少し違った角度から捉え、次のように述べている。

発音が全く通じないのであれば、聞き返され、多少余分な時間を費やしても修復の機会が与えられる。しかし、話者の意図せぬ意味や感情を伴って理解される発音は、誤解されたまま伝達作業が完了してしまうため、後々人間関係に軋轢が生じたり、発話者の能力や人格の評価にまで影を落としかねない(土岐1989:113抜粋)

完璧な発音でなくとも「通じれば良い」というのはよく聞く話だが、発音上の問題で発話者が意図しないものまで「伝わってしまい」誤解されることは、全く通じないことよりも実は恐ろしいことなのだ、というこの指摘は、非常に示唆に富む。

英語等の国際言語は、話者の出身地域の訛りがアイデンティティと認められている場合もある(Jenkins 2002)とも言われるが、アメリカ人・中国人の英語を分析したPickering(2001)は、不適切なイントネーションの中国人TAが、学生に「親しみにくく自分たちと距離を置いている」と誤解されたと報告している。これは、聞き手が意識しきれない「情」の部分に、克服しがたい課題が残されていることを意味している。

問題の「解決策」として、聞き手側が偏見めいた意識を変えていく努力をすべきなのは当然のことだが、無理解な相手に当たったとき不利を被るのは、結局、話し手自身であることを考えれば、非母語話者側も、誤解を与えない発音を習得せねばならない。

では、これらの先行研究から四半世紀を経た現在、聞き手側の意識はどう変わったのだろうか。以下、非母語話者側から見た日本人との音声コミュニケーションについて、筑波大学の留学生や外国人研究者を中心に調査した結果について報告する。

2.研究の方法

2019年8-12月に、ウェブ上(Google form)で、発音意識や発音学習行動に関する5段階評定の質問に回答してもらった。発音に関する経験談や意見の自由記述欄も設けた。

・発音ビリーフ(「発音が上手だと就職に有利だ」「他人に笑われない発音で話したい」「将来、今より発音がうまくなると思う」「日本で生活するには正確な発音で話すべき」「日本人と話すとき発音が通じるか不安」)

・4技能/場面別(日常・大学・職場)日本語力の自己評価(「話す能力」「発音に自信」等)

・発音学習行動(「自分の発音が正しいか誰かに聞く」「アニメやドラマの発音を真似する」「自分の発音と良い発音がどう違うか考える」「舌や唇等口の中を意識する」「発音を録音してモデルと比較する」) 2020年1月までに97件の回答があった。出身地域(回答数)は、次のとおり。中国(14)、インドネシア(11)、韓国(9)、ブラジル(8)、ベトナム(7)、イラン(6)、台湾(6)、マレーシア(3)、アメリカ(2)、カナダ(2)、ナイジェリア(2)、フランス(2)、モンゴル(2)、イスラエル、インド、ウクライナ、ウズベキスタン、エリトリア、カザフスタン、ケニア、スリランカ、セネガル、タイ、タジキスタン、ドイツ、パプアニューギニア、バングラデシュ、フィリピン、ペルー、香港、メキシコ、モザンビーク、不明(4)。

3.結果

(発音ビリーフ)
4.19 「発音が上手だと就職に有利だ」
3.81 「他人に笑われない発音で話したい」
3.69 「将来、今より発音がうまくなる」
3.68 「日本で生活するには正確な発音で話すべき」
2.94 「日本人と話すとき発音が通じるか不安」

(日本語力)
3.15 「発音に自信」

(発音学習行動)
2.88 「自分の発音が正しいか誰かに聞く」
2.83 「アニメやドラマの発音を真似する」
2.61 「自分の発音と良い発音がどう違うか考える」
2.31 「舌や唇など口の中を意識する」
1.79 「発音を録音してモデルと比較する」

「発音が良いと就職に有利」が5段階で4.19と非常に高く、「発音に自信」は3.15と低めである。「話す」能力の自己評価では「何でも話せる」「興味ある分野なら話せる」人が多いが、「発音」得点が「話す」より高いのは97件中9件のみで、上級でも発音には自信がない傾向が見られる。「発音に自信」3.15と「将来発音がよくなる」3.69の関係は、高高、低低、低高、高低と様々で、特に傾向なし。「発音が通じるか不安」は2.94と低めだが、「笑われない発音で話したい」は3.81と高く、意思疎通(=正・誤)に問題がなくても、笑われる(=情)可能性があることに不安を抱いている傾向が見られる。

発音学習行動は個人差が大きく、する・しない両極。発音能力の向上には録音・モニタリングが効果的なことが先行研究で明らかになっているが、そこまで専門的な練習はしていないようだ。

以下、自由記述より抜粋する。
「コミュニケーション中に伝わらないことがあった時、まず自分の発音を疑う。」「日本語で完全な文を作るのは難しく、常に間違いを恐れる。話している間はあまり自信がない。」「私の発音にうんざりしている日本人もいる。」「抑揚や母音長短の誤用で聞き返されたことが多々。上級なのに発音で悩まされるのは悔しい。」「ある日、ある言葉を間違って発音したら、それで愛称を付けられた。会うたびに彼らは私の本名の代わりにその語で呼ぶので、とても気分が悪かった。」「通訳トレーニングで発音は重視されているが、日常特に注意しない。通じれば外国語としてOK。」「私の発音は大丈夫なのに、外国人とコミュニケーションをとる心がない日本人もいる。別の人に言えば通じる話を、彼らは誤解し「え?わからない」と言う。」「日本人と話す際、イントネーションを指摘されることがある。日本の中でも地域差がある言葉もあり、統一した方がいいと思う。」「英、米、豪など、英語が地域の発音特徴を認めるように、日本語もグローバル化したら良いと思う。」「練習してきたが、今はどうにもならないと思い、「これは個性」と自分に言い聞かせている。日本人にも訛りを個性とする人がいる。母語干渉は克服に何年もかかる。上手くできず自分が「日本語が下手」と思って落ち込むより、「自分の個性」として認めるとか違う克服方法を見出した方が良い。」「ザ行を正確に発音できないが、直すべき問題とは思わない。母語の干渉は常にあるもの。囚われる必要はない。一種の特徴として受け入れることで、学習者は安心し自信が得られる。発音によるストレスは発話を躊躇させる毒のようなものだ。」

4.考察

以上より、発音は、自己有能感やアイデンティティと強く結びついていることがわかる。学習者は発音不安を抱え、通じなかったり聞き返されたりすると、コミュケーション意欲に悪影響を及ぼす。誤用を指摘されることも心理的な負担となる。

「就職に有利」以外のビリーフや発音学習行動の大半に「全くない」をつけ、自由記述で「発音に拘る必要はない」と主張する人もいる一方、「発音は重要」と認めつつ、自由記述で「日本人も方言で訛るし、個性と認めるべき」等の意見もあった。「発音により不利を被らない社会が実現すれば良いと思うが、現実はそうではない」ことへの葛藤がある。

では、我々受入れ側にできることは何か。まず、大坪(1990)に従えば、「正・誤」レベルでの誤解に対する推測力・学習者発音への理解力を高めることが重要である。次に、意識化しにくい、克服しにくい「情」のレベルの問題は判断留保トレーニングを行い、コミュニケーション時の心構えに関して、継続的努力を行うことが肝要である。

次世代を担う子供たちにむけて、四半世紀前の先駆的論文「聞き手の国際化」(土岐1994)では、「公平な耳社会実現」のための具体的方法論を謳っている。以下、要点を示す。

義務教育段階の子供に色々なタイプの音声を聞かせ、対等に扱おうとする意識や態度を養う。まず方言で、自分の地域に近いもの遠いものをコントロールしながら与える。変だと思ったものが単なるちょっとした違いであったと気づき始めたところで、外国人の日本語に移る。上手なのも下手なのも聞かせる。この体験を通して好悪の感情を超えた「慣れ」が植え付けられ、謂れのない判断基準を振り回さなくなる。次の段階で、中国語話者による日本語音声の後にその人の(方言の)中国語も聞かせる。この練習がうまくいけば、児童は知らず知らずのうちに一般音声学の基礎的訓練を受け、副産物として、外国語コンプレックスなどと無縁になる。

しかし、25年経った現在でも、このような実践が積極的に行われているという話は聞かない。今こそ、このような提言を再評価して然るべきではないかと考える。

土岐(1994)に筆者が補足したいこととしては、以下のようなことがある。一部は筆者が大学の授業等を通じて実践を続けていることでもある。

(1) 認知力が高い中・高・大学生では、非母語話者の発音を分析的に記述させ、その具体的特徴に気づかせることも有効と思われる。

(2) 「(母語別)学習者の発音特徴」を知識として学習すると、「いま「中華」と言ったが、本当は/ツ/のつもりで「通貨」と言いたかったのだろう」と、瞬時に推測でき、意思疎通の問題でイライラすることがなくなり、寛容な態度がとれるようになる。

(3) 音声だけでなく、語彙・文法の誤用傾向に関しても、日本語教育のエッセンスを知り、同様の推測力を高めることで、異文化コミュニケーション力が向上する。

(4) 無論、受容能力に対する産出能力、つまり、「やさしい日本語」を「相手に応じて話し方を変える」技術の1つとして日本人全員が習得していることが理想である。

付記:アンケート実施協力者、T-ACT「つくば子育て家族サポートプロジェクト」(承認番号19015P)オーガナイザー学生の皆様に感謝する。本研究は、平成31年度筑波大学社会貢献プロジェクト「つくば市における外国人児童生徒支援体制の構築」の助成を受けた。

【参考文献】

  • 大坪一夫(1990)「音声教育の問題点」『講座日本語と日本語教育』3,明治書院.
  • 土岐哲(1989)「音声の指導」『講座日本語と日本語教育』13,明治書院
  • 土岐哲(1994)「聞き手の国際化」『日本語学』12,74-80.
  • Jenkins,J. (2002) A sociolinguistically based, empirically researched pronunciation syllabus for English as an international language. Applied Linguistics, 23, 83-103.
  • Pickering, L. (2001) The role of tone choice in improving ITA communication in the classroom. TESOL Quarterly, 35 (2), 23

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