日本語・日本文化学類とは?
What is "Nichi-Nichi"?

地域社会における多文化共生とコミュニケーション-技能実習生と日本語母語話者の協働事例から-

飯田 朋子(筑波大学大学院 人文社会科学研究科 国際日本研究専攻)

1.はじめに

現在、外国人技能実習制度(以下、技能実習制度)のもとで多くの外国人技能実習生(以下、技能実習生)が来日し、受け入れ企業の日本語母語話者と協働している。技能実習生と日本語母語話者が良好な関係を築いている企業も存在するが、一方で何らかの問題を抱えている企業も存在する。2013年に広島県で起きた技能実習生による日本人従業員の殺人事件など、問題が重篤化するケースも報告される。地域社会において異なる文化を持つ人々の協働が行われている状況下で、技能実習生と日本語母語話者が協働現場で実際にどのようなコミュニケーションを取っており、何が問題となっているのか、現在の研究では充分に明らかにされているとはいえない。本研究は、技能実習生と日本語母語話者の協働の事例から地域社会における多文化共生とコミュニケーションの実態を明らかにしようとする試みである。

2.研究対象

本論文において対象としたフィールドは4社である。本論文では各社をアルファ社、ベータ社、ガンマ社、デルタ社と呼称する。4社はいずれも千葉県北東部に位置している。2019年1月から順次調査をはじめ、2020年1月現在においても調査を継続している[1]。4社の技能実習における職種と作業、そして技能実習生の国籍は以下表1の通りである。

表1 フィールドの情報

  アルファ社 ベータ社 ガンマ社 デルタ社
職種 耕種農業 畜産農業 畜産農業 耕種農業
作業 施設園芸 養豚 酪農 施設園芸
技能実習生の国籍 中国 ベトナム、タイ ベトナム インドネシア

[1] 2019年9月上旬および10月中旬に日本に上陸した台風15号・19号の影響のため、2019年9月および10月に関してはほとんどのフィールドで調査を自粛した。

3.研究方法

エスノグラフィー調査を研究の枠組みとし、主に以下の3つの方法を取る。1つ目は参与観察である。技能実習生と日本語母語話者の協働現場で参与観察を行い、協働現場のデータを可能な限り記録したフィールドノートを作成する。本研究は、技能実習生と日本語母語話者の協働現場での継続的、横断的な研究を行う点で特徴的である。技能実習生は年単位に渡って日本語母語話者と協働するため、日本語母語話者と技能実習生の関係やコミュニケーションは変化していくものであると考えられる。従って、本研究では、1つのフィールドに関して1ヶ月に1度を目安に調査を行い、その調査を継続する。2つ目はインタビューである。本研究では、中川・神谷(2017, 2018)の技能実習生への聞き取りを参考に半構造化インタビューを実施した。3つ目は、協働現場の録音および録画である。参与観察およびインタビューの際に可能な限りの録音・録画を行うことで、協働現場でのコミュニケーションを音声・映像データとして残し、詳細に分析する[2]

会話の分析方法としては、会話分析(Conversation Analysis)およびマイクロエスノグラフィー(Microethnography)の手法を援用する。従来行われてきた聞き取りやインタビュー調査、意識調査は、現場の人々から現場で起きていることをある程度聞き出すことができる。しかし、現場の人々の意見が必ずしも現場の実態を反映しているわけではない。従って、本研究では会話分析およびマイクロエスノグラフィーの手法を用いることで個々の相互行為や会話を分析し、多文化共生が起こる協働現場のコミュニケーションを明らかにする。

[2] 調査対象者全員に対してそれぞれの母語で同意書を作成し、署名をもらうことで、研究への同意を取っている。同意書は日本語をはじめとして、中国語、タイ語、ベトナム語、インドネシア語で作成している。

4.分析結果および考察

  1. 技能実習生と日本語母語話者の協働現場におけるコミュニケーションの特徴

    各社において重要な位置を占めるコミュニケーション方法の一つとして、リーダー制度が挙げられる。アルファ社、ガンマ社、デルタ社では複数の技能実習生が日本語母語話者と協働しており、これらのどの企業においてもリーダーの存在が確認された。例外は技能実習生と日本語母語話者が一対一で協働していたベータ社である。リーダー制にはある程度の共通点が見られたが、技能実習生の働き方によって各社での相違点も見られた。リーダーの役割は、リーダーを擁するアルファ社、ガンマ社、デルタ社のいずれにおいてもそれほどの違いはなく、リーダーは日本語母語話者と技能実習生のやりとりの窓口になっていた。一方で、ベータ社においては、協働現場でのコミュニケーションは、技能実習生の日本語能力に加え、日本語母語話者と技能実習生の間に共有される特有のコミュニケーションプロセスが存在することから成立していた。

  2. 技能実習生と日本語母語話者の協働現場におけるコミュニケーションの課題

    各企業はそれぞれ工夫を行いながらコミュニケーションを行っており、一定の成果をあげている様子が見られたが、それぞれに存在する課題も明らかになった。

    (1) リーダーの有無によるコミュニケーションの課題
    リーダー、もしくはそれに類するリーダー格を決める方式では、日本語母語話者とのコミュニケーションを一握りのリーダー格が引き受ける形になりやすく、他の技能実習生の日本語能力やコミュニケーション能力の向上が阻害される可能性がある。技能実習生1人の日本語能力や日本語母語話者とのコミュニケーション能力という観点では、ベータ社が行う日本語母語話者と技能実習生の一対一の協働方式は、技能実習生の能力向上に効果的であると言える。しかし、ベータ社のコミュニケーション方式についても、現在確立されている日本語母語話者とのコミュニケーション方式が後代に引き継がれない場合は、コミュニケーション方式が一過性のものとなってしまう可能性がある。

    (2) 技能実習生によって示される理解とその実情
    日本語母語話者側の意見として、技能実習生が日本語母語話者の指示等に理解を示しても、実のところは理解が行われていないとして、技能実習生に原因を求めることがある。しかし、課題の原因は日本語母語話者側にも存在する可能性があり、日本語母語話者、特に現場で技能実習生と協働を行う従業員は、技能実習生の日本語能力向上に自分たちが関わる必要性を強く感じていない傾向がある。反面、各企業において、日本語母語話者が技能実習生に対して仕事を達成するために協働現場で配慮を行う様子は広く見られた。また、技能実習生とのコミュニケーションが円滑に進まないことに関しても、ある程度は仕方のないことであると受け入れている様子が見られ、現場では技能実習生との協働を行うための理解が示されている。しかし、それは技能実習生の日本語が不自由であることを許容しているにすぎず、コミュニケーションの不具合の原因が日本語母語話者、つまり自分自身にあるのではないかと省みることはほとんど行われていない。

    (3) 「わかりやすさ」のすれ違い
    日本語母語話者が考える技能実習生にとっての日本語の「わかりやすさ」と、技能実習生にとっての日本語の「わかりやすさ」には、すれ違いや差異がある可能性がある。受け入れ側の日本語母語話者は母語として日本語を扱ってはいても日本語教育の専門家ではないため、技能実習生の日本語に対して適切な配慮を行うことは難しく、このことがコミュニケーションの円滑さを阻害してしまう場合が存在する。

5.今後の課題

技能実習生と日本語母語話者は、多くの課題がある中で、それぞれの不足を補う工夫を行い、協働を成立させている。コミュニケーションの課題の原因が技能実習生のみ、もしくは日本語母語話者のみに存在するものであるという思考は、問題の本質を歪ませる危険性がある。異なる言語を母語とし、異なる文化で生きてきた人々が社会で共生し、協働することで起こる様々な課題の解決には、双方の歩み寄りが必須となるだろうと考える。

今後も、本研究のフィールドとした4社においての調査研究を継続し、長期的に技能実習生と日本語母語話者との関わりを追う。本論文では協働の現場に焦点を当てたが、今後は、技能実習生が受け入れ企業で勤務を始める前段階も含めて研究を行っていく。現在、技能実習生の来日前および来日後の講習等について、技能実習生の送り出し機関や管理団体との連携をはかり調査を行っている。技能実習生、日本語母語話者それぞれに向けて、日本語教育によって行うことができる支援を今後も考え続けていく。

【References】

  • 中川かず子・神谷順子(2017)『道内外国人技能実習生の日本語学習環境をめぐる課題 : 受け入れ推進地域を事例として』「開発論集」99, 北海学園大学開発研究所, pp.15-32
  • 中川かず子・神谷順子(2018)『北海道におけるベトナム人技能実習生の日本語学習意識と学習環境 : 多文化共生の視点から考察』「開発論集」102, 北海学園大学開発研究所, pp.79-98
  • 『日本経済新聞』2013年4月9日刊「中国人実習生を再逮捕広島、水産会社の殺傷事件」(参照2020-01-03)

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