日本語・日本文化学類とは?
What is "Nichi-Nichi"?

留学生の日本語使用実践にみるアイデンティティ-「わたしたちのことば」の創造と立ち上がる居場所-

井濃内 歩(筑波大学大学院 人文社会科学研究科 国際日本研究専攻)

1.はじめに

本研究は、筑波大学の短期留学生グループを対象としたエスノグラフィーから、教室外で日本語学習者が日本語をアイデンティティ資源として用いる実態の一側面を報告するものである。ことばとアイデンティティが密接に関わるものと捉える立場から、彼らの創造的な日本語実践が、単なる外国人でも日本人でもない「わたしたち」の居場所を構築する能動的なアイデンティティ実践であったことを提示する。

2.理論的枠組み

本研究では、アイデンティティを、相互行為における自己化と他者化の過程において、人々が多様な言語的カテゴリーを「資源」としながら立ち上げるものとみなす、ことばとアイデンティティ研究の「第三の波」のアプローチを採る(ハインリッヒ・石部 2016)。このアプローチにおいては、人々が用いる言語資源とそこに結びつけられた社会的意味を探り、その使用がどのようなアイデンティティを構築しているかを探求する。先行研究では、人々が言語資源を駆使してスタイルを創出し、人種や階級、ジェンダーといった既存の社会的カテゴリーを越境するアイデンティティを構成する実態が明らかにされてきた(cf. Rampton 1995; Bucholtz 1999; Eckert 2000; 宮崎 2016ほか)。本研究もこの立場から、留学生の日常的言語実践に着目し、それがどのようなアイデンティティを立ち上げていたのかを読み解いていく。

3.調査概要

調査対象としたのは、平成29年度筑波大学入学の日本語・日本文化研修留学生[1] (以下、日研生)12名である。国籍別にブラジル・モンゴル各3名、ベトナム2名、ロシア・カンボジア・中国・韓国各1名からなる多国籍グループであり、日本語がリンガフランカとして使われていた。多くの授業を共に履修していたほか、誰かの誕生日には集まって食事に行くなど、定期的な接触機会を持っていた。調査方法には、対象となる人々と活動を共にすることで、行動や状況に埋め込まれた行為者自身の意味世界の解釈を目指す方法論(箕浦 1999)、エスノグラフィーを採用した。具体的に実施した調査方法は以下の通りである。

(1) 授業や放課後の食事会など日研生が集まる場面での参与観察・フィールドノーツ作成
(2) 半構造化インタビュー(各90~200分, 計約21時間)
(3) 4, 5人ずつでの実験室会話、外食先での録音・録画(各80~120分, 計4時間20分)

調査期間は彼らの滞在後半にあたる2018年4月4日~9月7日の約5か月であった。

[1] 「所定の日本の大学において1年間、日本語能力及び日本事情、日本文化の理解の向上のための教育を受ける外国人留学生」(文部科学省 2017: 1)のこと。(参照:文部科学省(2017)『2018年度日本政府(文部科学省)奨学金留学生募集要項日本語・日本文化研修留学生』pp. 1-6. (2019/1/9最終閲覧).)

4.日本語で遊ぶ:逸脱的言語資源による冗談実践

調査の結果、日研生の間では誤用や若者ことば、インポライトネス発話といった、規範的な日本語使用からの逸脱性を持った日本語を資源とする冗談実践を通して、強い仲間意識が共有されていたことが明らかになった。彼らはこの実践を自ら「日研生ジョーク」と呼び、グループ特有の言語実践として意識化していた。以下はインタビューで得られた、①意図的な誤用、②インポライトな発話による冗談例である。

【断片①】((日研生数名で食堂にいたところ、離れたテーブルに先生が座っているのを見つけ))
01 B: まあ遠くから:見たら, ああ(.)>なんか<ああ, どう言えばいいかなってみんな話し合ってそし
02   て-あ::誰か-あ¥私¥haha 私言ったのは, ん:あい-(.)ん,あ:先生何食っていらっしゃいますか.

【断片②】((ある日の飲み会でお互いの第一印象をみんなで話し合っていた時のこと))
01 J: 例えばあなたは優しいとかあなたは::面白いとか<そういうコメントをしているとき
02   [私は\Qさんに\hhhh., \\
03 A: [うん.
04 A: ha[hahahaha
05 J: [hhhh\て(h)言(h)って(h)そしてみんなはすごくウケて::\hh.>そしてみんな<う:んこれは:↑
06   日研生の:ことば:に:>しよう! 日研生の, なんか共通の:ことばにしようとみんな(0.5)話した.

断片②の5, 6行目からは、彼らが特定のことばを「日研生の共通のことばにしよう!」という合言葉で明示的に冗談資源として蓄積していた様が伺える。また「日研生ジョーク」の冗談フレーズは、別な場面で何度も繰り返し使われるという特徴があった。個々の「日研生ジョーク」には、ジョークが生まれた際の「あの時・あの場所」が指標として結びついており、それに適切に笑い理解を示し合うことの反復を通して、同じ経験を共有しているという仲間意識、「わたしたち」意識が強化されていたと考えられる。

5.「日研生ジョーク」にみる他者化と自己化

  1. 「日本語の上手な」わたしたち

    では、「わたしたち」性の実践としての「日研生ジョーク」は、どのような自己/他者の位置づけと関わっていたのだろうか。「日研生ジョーク」が誰に対して可能で誰に対して使えないのか、という解釈に着目すると、「わたしたち」の1つ目の参照枠として「(他の)外国人」、特に「日本語があまり上手ではない外国人」というカテゴリーが浮かび上がった。Mのインタビューでは、「日本人みたい」な言葉遣いで冗談をする「わたしたち」が「日本語があまり上手ではない」Nさんや他の「外国人」と対比されている。

    【断片③】
    01 M: 例えば(.)マジで行けないっすとかは外国人はあまり使わないのにわたしたちは゜たし゜-ただ
    02 日本人みたいに
    03 A: うん
    04 M: 冗談としてそういったりしますね. あとあのないをい-行かねえとか.
    ((3行省略))
    08 A: これNさん((日研生ではないMと仲の良い留学生))とかと:こういうことする?
    09 M: Nさんも:(1.0)Nさんは:そう言ってもよくわからないから.日本語はあまり上手ではないから
    10 A: はいはい
    11 M: Nさんとはあまりそんな言葉使わない. あの[日研生とはみんな使う.

  2. 対等ではない他者としての「日本人」

    一方、もう一つの参照枠として浮かび上がったのが「日本人」というカテゴリーだった。断片④に登場する「日本語に対する立場」という言葉からは、「日本語」という言語を巡り、「日本人」が「学習者」である自分たちとは非対称な関係にあるという認識が伺える。

    【断片④】
    01 A: なんで:, みんなこういう冗談をいっぱい作って, 遊ぶの?
    02 B: たぶん, ん::なんか私の感想だけど, う:ん, たぶん(.) なんかここに:来てる理由はみんな共通し
    03 てる, ですね. 日本語を学んでるから.
    04 A: ん:
    05 B: そして, 日本語に対する:>゜なんという゜<立場¿はみんな同じ. 学習者.
    06 A: ん:
    07 B: だから:, なんか学習者の>なんとい-<痛みとか, あ:悩みはみんなわか-わかってるから:,
    08 A: うん
    09 B: こうゆう学習:者同士として, こうゆう遊びができる, かな.(0.8)なnか日本人にこうゆう冗談し
    10 たら, たぶんt-通じない.

    彼らは日研生同士の日本語について「間違って当たり前っていう考え方だから、間違ってもそこ全然怖くない」(U)と語ったが、「間違い」を規定する「正解」とされていたのは「日本人」の日本語である。

    【断片⑤】
    01 Q: 普通は日本人と話してるとた-(0.5)話してると(.)((胸から物を取り出すように右手を動かし))
    02   うんっ(1.0)hああ(0.8)んんっ(1.0)>って\いう\よくわかりません.<
    ((3行省略))
    06 Q: なんか日本人と:,したら,>ちょっと<(1.0)どうゆう風に,
    07   わからなくてhh(.)\されるのが\

    Qの語りからは、自分たちの話す日本語が「日本人」による評価の対象であり、「間違い」として批判の対象になるという認識が浮かび上がる。日本語母語話者(日本人)の日本語を「正しい」日本語と見なす「「正しい日本語」イデオロギー」(三代・鄭 2006)が、彼らの間でも実感されていたと言えよう。

  3. 「日研生ジョーク」への意味づけの対照

    このような日本語をめぐる権力関係の中で、「日研生ジョーク」はどのような意味を持つ実践だったのか。以下の断片⑥からは、逸脱的な言語資源による「日研生ジョーク」が「日本人」には「失礼・変・間違い」と理解されるのに対し、「日研生」には冗談として「面白い、遊びの道具」になる、という対照的な意味づけがなされていることがわかる。

    【断片⑥】
    01 J: =たぶん日本人::にとってはこういう言葉を使うと, ちょっと::¥失礼という¥感じがあるんじゃな
    02 いかな? そう思ってる.
    03 A: うん.
    04 J: そう思ってる. このことばはちょっと失礼な.
    05 A: ¥↑え::でもまいきなり言われたらね\, [びっくりするよね.
    06 J: [そうですよね.
    07 J: びっくりする. そしてたぶんじ- と思われるかも. でも日研生のみんなは,
    08 冗談[としてウケてるから.

    すなわち、日研生たちは、日本語をめぐるイデオロギーや「日本人」との非対称性を実感しながらも、それに抑圧されるだけではなく、あえて「正しさ」を外れたことばを選び取り、「間違った日本語」に「日本人にはわからない」「わたしたちのことば」と意味づけすることによって、「日本人」との間に線を引き、ただの外国人でも日本人でもない「わたしたち」のアイデンティティを立ち上げていたのではないだろうか。それはリンガフランカとしての日本語を越え、「日本語」と「日本人」の間の規範的な結びつきを引き剥がし、「わたしたちのことば」へと作り替えていく巧みな社会的実践だったといえるだろう。

6.ことばが立ち上げる居場所

「日研生ジョーク」はイデオロギーをも逆手に取った他者化の実践であったと同時に、反作用的に彼らの間の差異を埋め、自分らしくあれて、かつ受け入れられていると感じられる空間、「居場所(Ibasho)」(Tokunaga 2018: 68)を立ち上げるものでもあったと考えられる。インタビューでは、全員が筑波大学に留学して良かったこととして日研生の仲間ができたことを挙げ、「家族みたい」な「大切な存在」だと語っている。制度的に集められた「日研生」としての彼らは、実は国籍も母語も性別も異なる、無数の差異を内包したグループであった。しかし、日本語を資源に創造する「日研生ジョーク」の実践こそが、彼らの差異を埋め、ことばの只中に、留学生活の拠り所となる居場所を立ち上げていたのではないだろうか。

7.ことばが立ち上げる居場所

本稿では、留学生の日常的な相互行為にみられた言語実践に着目し、それが日本語のイデオロギーをも巧みに利用した能動的なアイデンティティ実践であったことを示した。本研究は一つの事例に過ぎないが、ここで示された創造的なことばの使用や、それが立ち上げるアイデンティティや居場所があるという視座は、地域社会に埋め込まれた多文化共生のリアルを捉える上でも、有効な切り口になると考える。多文化共生は広く問い直しや議論が行われている概念であるが、従来の適合理論のように、母語/日本語、或いは母文化/日本文化の二項を直線的に移動する言語・文化観に囚われず、ローカルな社会の文脈の中で新たに創造される文化やアイデンティティがあるという視点を持ち、そのミクロな動態を捉えることが、マクロなレベルでの多文化共生や言語教育を考える上でも重要な意味を持つのではないだろうか。

【参考文献】

  • Bucholtz, M. (1999) ‟‟Why be normal?”: Language and identity practices in a community of nerd girls” Language in Society 28: pp. 203-223.
  • Eckert, P. (2000) Linguistic Variation as Social Practice: The Linguistic Construction of Identity in Belten High. Malden: Blackwell.
  • 箕浦康子(1999)『フィールドワークの技法と実際』ミネルヴァ書房.
  • 宮崎あゆみ(2016) 「日本の中学生のジェンダー一人称を巡るメタ語用的解釈―変容するジェンダー言語イデオロギー」『社会言語科学』19(1): pp. 135-150.
  • 三代純平・鄭京姫(2006)「「正しい日本語」を教えることの問題と「共生言語としての日本語」への展望」『言語文化教育研究』5: pp. 80-93.
  • パトリック・ハインリッヒ・石部尚登(2016)「第三の波の社会言語学におけることばとアイデンティティ」『ことばと社会』(18): pp. 4-10.
  • Rampton, B. (1995) “Language Crossing and the Problematisation of Ethnicity and Socialization”. Pragmatics 5(4): pp. 485-513.
  • Tokunaga, T. (2018) Learning to Belong in the World: An Ethnography of Asian American Girls. Singapore: Springer Nature Singapore.

【参考資料 文字化記号一覧】

(参照:Jefferson, G. (2004) “Glossary of transcript symbols with an introduction”. In G. Lerner. (Ed.) Conversation analysis, pp. 13-31. Philadelphia: John Benjamins.)

[:複数の発話の重なり始めた位置
=:前後の発話が切れ目なく続く
(0.0):沈黙の秒数(1/10秒単位)
(.):0.1秒程度のごく短い沈黙
::直前の音の延び. 数は相対的長さ
-:直前の語や発話の中断
.:尻下がりの抑揚
,:発話が続くように聞こえる抑揚
?:尻上がりの抑揚
¿:やや尻上がりの抑揚
!:声が弾んでいる
↑:直後の音が高くなっている
_:強く発話されている
゜word゜:弱く発話されている
hh:息を吐く音. 数は相対的長さ
.hh:息を吸う音. 数は相対的長さ
word(h):笑いながら発話している
\:笑っているような声音
><:速く発話されている
:ゆっくりと発話されている


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