日本語・日本文化学類とは?
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家族をもつ留学生の言語選択とコミュニケーション問題-つくば市でのフィールドワークから-

井出 里咲子(筑波大学 人文社会系)
井濃内 歩(筑波大学大学院 人文社会科学研究科 国際日本研究専攻)

1.はじめに

本研究は日本国内で急増する外国人が地域社会に参入する際、受け入れ側と参入側が抱えるコミュニケーション上の問題を明らかにすることを目的に、家族を帯同して日本に滞在する留学生の言語選択とコミュニケーションの緒問題を調査するものである。本稿では特に、留学生が子どもを保育園・保育所に預ける状況において、外国人保護者である彼らと保育園スタッフとが日頃どのようにコミュニケーションを行い、その中でどのような問題を抱えているのかを、フィールドワークに基づく調査を基に報告する。

2.背景

本研究の背景に、急増する留学生とその質的な変化がある。現在日本への留学生数は298,980人(日本学生支援機構 2019)であり、2008年に施行された「留学生30万人計画」の目標値をほぼ達成した形である。この背景には日本政府のODAから労働力誘致への政策転換、また企業が必要とする労働力確保のための動きがある(飯野 2017)。さらに近年の留学生急増の背景には、英語による学位取得プログラムの増加、母国で専門職として働く経験をもつ対象者に学費・生活費などが全額支給される奨学金制度(ABEイニシアティブなど)の充実が挙げられる。こうした中、留学生が日本語ではなく英語で教育を受けられる「英語シフト」(庵 2019)が起きると同時に、家族を帯同する動機も増している。一方で、こうした留学生の帯同家族についての実態把握はされておらず、研究も少ない。

第二の背景として、保育園における異文化コミュニケーションの研究が少ないことがあげられる。日本の異文化間教育研究は、文化行動比較や小中学校などの学校教育、大学での調査は多いものの、保育園・保育所(以下、保育園)を対象とした研究は非常に少ない。「学校」ではなくとも、保育園はさまざまな文化的規範意識や暗黙知が共有される場であり(恒吉 2016)、そこで起きている異文化間コミュニケーションの実態調査は急務である。

3.方法論とフィールドワーク

本研究では、課題への実践的解決策を見出すことを最終的な目的に掲げ、さまざまなアクターとの協働やコミュニティとのパートナーシップを重視しながら社会変化を目指す「アクションリサーチ」(Participatory Action Research)を方法論として用いる。以下Ⅰ~Ⅲは具体的な調査のステージである。フィールドワークは2019年8月以降継続中であり、本稿はステージI, IIを経ての報告となる。

I.筑波大学の留学生とその家族へのインタビュー(2019年8月~9月)
II.つくば市の保育園Aでの参与観察・聞き取り調査(2019年9月~10月)
III.保育園、つくば市、大学等のアクターとの情報共有と連携、解決策の模索

Iは、英語で学位を取得するプログラムに所属する留学生8名(出身5か国)とその家族1名の計9名に対し、同意書を準備の上で半構造化インタビューを実施した。協力者は自身もしくは伴侶の奨学金取得を契機に来日しているが、研究やアルバイトの忙しさから日本語を勉強する時間がなく、また日本語がわからなくても生活していけるという前提意識を持っていた。

Ⅱはつくば市にある認可保育園にて、2019年9月から10月にかけての11日間(計38.5時間)、主に送迎時間帯の参与観察とインフォーマルな聞き取り(保育園スタッフと一部の外国人保護者)を通して実施した。当該保育園は2019年10月現在児童の3割弱が外国籍である。週に1,2回英語対応が可能なアルバイトが入るが、多言語スタッフや通訳は常勤しておらず、入園のしおりや手紙、掲示物等は日本語のみである。

4.保育園でのコミュニケーションとその問題

  1. 「わからない」が「わかろうとする」

    インタビューで保育園でのコミュニケーション方法について尋ねたところ、9人とも保育園スタッフとの共通語がない中で、「英語と日本語を混ぜる」「ジェスチャーを使う」「Google翻訳機能を使う」「事前に日本語に翻訳したものを持参する」「常識で理解しようとする」といった工夫をしていた(A~C)。またAの発言にあるように、どうせ相手はわからない、もしくは伝えられる自信がないので、結局「話さない」という選択肢が採られている。

    A: “… they don’t know any English. Sometimes we mix English and Japanese words, sometimes we use sign language(=gestures), Google translation. Sometimes, I don’t even ask because they don’t understand? Even when there is something you wish to say, you are not confident and you end up not saying anything. I wish I can express myself but language becomes a problem.”

    B: “When I have something I need to say, I translate it in Japanese ahead of time and bring it to them”

    C:“I try to use common sense to understand.”

    一方保育園スタッフ側は、どうしても伝えなければならないことは業務の合間に「スマホで英語の翻訳」をつけ、かつ「身振り手振り」で伝える、日本語も英語もできるほかの保護者に「通訳を依頼する」、また(保護者である両親より日本語が上手な)「児童に連絡事項を託す」といった形でコミュニケーションを取ろうとしている。このように、日本語を話さない外国人保護者(留学生)と英語を話さない保育園スタッフが相互に「わからない」ながらも「わかろうとする」術を探っていることが明らかになった。

  2. コミュニケーション上の問題

    次に保育園スタッフと外国人保護者それぞれが、日常的に感じる保育園でのコミュニケーション上の問題についてまとめたところ、以下のような対比がみられた。

    【保育園スタッフ】 【外国人保護者】

    英語が話せないから伝えるのを諦めてしまう

    ② 細かいところまで伝わらないので伝えてないし、伝えても分からないふりをされる

    ③ 日々の連絡が互いにわかったかわかっていないのかわからない状態

    ❶ ことばの壁のせいで、色々な情報が届かない

    ❷ 手紙が読めても、書かれた内容の意味がわからない(例:「お弁当の日」と言われても、「お弁当」が何なのか分からない。その他「プールバック」「体操服」「軍手」等)
    ④ お手紙(=お便り、書類)を入れても読まずに袋に入れたままの親も多い

    ❹-1 日本語を読むのに膨大な時間がかかる。日本語ができる友達も忙しくて毎回は頼めない。結果としてただ無視している。

    ❹-2 お手紙袋には毎日大量の手紙。手紙もビラも混然一体となっている。日本語だから理解できないだけでなく、手紙の重要度が判断できない。
    すぐ「OKOK」とは言うがわかってないし、言ったことをやってくれない ❺ とりあえずその場を収めたく、嫌な雰囲気にしたくないので「OKOK」と言う。

    まず、保育園スタッフ側は英語が話せないために細かな情報まで伝えられないと認識している(①②)一方で、保護者側は必要な情報が届かない(❶)と感じている。また保護者は手紙に書かれた日本語が読めたとしても、その文化的/文脈的意味がわからない(❷)。その結果として、互いに「わかったかわかっていないのかがわからない」状況にあるとスタッフ側が感じている(③)。また、外国人保護者は重要なものもあるのにお手紙を読まないというスタッフ側の認識(④)に対し、保護者は読む手段がなく(❹-1)、また各手紙の重要度が判断できないことから結果的に読むことを放棄する(❹-2)と述べている。これらの問題を背景に、⑤❺のような誤解が生じていることも明らかになった。

    上記の問題に加え、「日本人の保護者とスタッフは送迎時におしゃべりをしているが、自分たちにはそれがない」、「子どもは英語も母語も日本語も理解しているが、日本語をうまく話さないので<あまりできない子>と思われているのではないかと感じる」といった発言から、外国人保護者が保育園での日常的なコミュニケーションに関して「潜在的な不安」を抱えていることが明らかになった。

5.問題の構造:「わかってほしい」と「わかりたい」のすれ違い

本研究から明らかになった留学生の帯同家族が保育園でスタッフとコミュニケーションを行う際の問題は、図1のようにまとめられる。保育園に外国人保護者が参入するとき、保育園側が「わかってほしい」事として、園のルールや持ち物等家庭での準備、そして「親」として取るべき対応への理解が求められる。しかし、そこに多分に含まれる文化的知識は、暗黙知として説明されることはない。さらに、手紙の配布方法や漢字が多くルビのない文書スタイル、そして日本語のみの使用が障害となり、結果として多くの情報が保護者に届かなくなっている。しかしながら、外国人保護者にとってまず「わかりたい」のは連絡事項の重要度や内容の文脈的意味だという実情や、自分の子どもの一日の様子を真に「わかりたい」のだという声は、多くの場合ことばの壁によって保育園側に届くことはない。このようなすれ違いが解消の機会もないまま蓄積されることで、相互の間には「伝えたいけど伝わらないし、伝えられないから伝えない」という諦めが生まれ、誤解が時に衝突に発展することもある。この諦めが、お互いを「わかりあえない」という前提意識を生み出していき、日々のすれ違いの中で循環的に強化されていくという構造があると考えられる。今後はこうした構造的問題を解決する情報デザインのあり方やコミュニケーションの方法を各アクターと共に探り、共有していく予定である。

【参考文献】

  • 飯野公一(2017)「外国人留学生の受入れとサスティナブル社会の実現―言語政策の視点から」宮崎智里司・杉野俊子編『グローバル化と言語政策―サスティナブルな共生社会・言語教育の構築に向けて』pp. 135-150、明石書店.
  • 庵功雄(2019)「学習者の変化に対応しポストを守るための留学生日本語教育と<やさしい日本語>」牲川波都季編『日本語教育はどこへ向かうのか』pp. 57-78、くろしお出版.
  • 恒吉僚子(2016)「「場」としての家庭と異文化間教育研究」加賀美常美代ほか編『文化接触における場としてのダイナミズム』pp.14-31、明石書店.
  • 日本学生支援機構(2019)『平成 30 年度 外国人留学生在籍状況調査結果』pp. 1.(最終閲覧 2020年1月23日)

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