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韓国における多文化社会の葛藤解決と実践 -ソウル加里峰洞の朝鮮族タウンを中心に-

金 京姫(韓国外国語大学校大学院 グローバル文化コンテンツ学科)

1.はじめに

2018年12月末韓国国内の在留外国人は236万人で、韓国人口の4.6%に相当する[1]。韓国は、1903年にハワイへの初の海外移住を開始した「移民送出国」から、現在は、まさしく「外国人200万人時代」となり、アジアの主要な「移住目的国」に変わった。それに従い、韓国国民は単一民族国家であることを大きな誇りに思ってきた思考方式の枠組みを変えなければならなくなり、韓国社会の強力なイデオロギーとして機能していた単一民族という民族的同一性をもはや固執することができなくなった。そのような背景の中、単一文化・単一民族国家に取って代わる新しい統治の論理として、多様な人種や背景を認める多文化主義に関する議論が登場した。

一方、上述の統計から在留外国人の国籍別統計を見ると、朝鮮族を含めた中国国籍者が45.2%を占める。朝鮮族とは、中国の国籍を持っていながら、文化的・民族的ルーツが韓国にある「在外同胞」という法的地位を持っている人々である。ソウル市在住の外国人の61%に達する多くの人口を占める集団であり、彼らの労働力や消費などは、労働力不足の韓国経済に貢献しているといえる。それにもかかわらず、これまでソウル市において中国朝鮮族のための政策がほとんどなく、多文化政策の一部として認識されてきたのが事実である。韓国で使用されている「多文化」という概念が、韓国以外のすべての異なる文化を指すものであれば、その認識の中で進められる政策に、国内居住の中国朝鮮族の現実が十分に反映されているとは言いがたい。

本稿では、韓国多文化社会における葛藤を解消するための実践的方案として、 韓国に居住する中国朝鮮族を対象にし、移住民が自分の体験談を話すことにより自分のストリーを再構成するナラティブ理論を用いる研究方法を試みる。これらの作業を通じ、互いの理解を図るとともにコミュニケーション・フレームを提供してみたい。

[1] 韓国法務部出入国·外国人政策本部移民情報課 報道資料、2019.1.21.p.1

2.韓国における多文化政策の状況

韓国の多文化政策は、中央政府の主導で急速に進んでいる。多文化政策の教育分野を見ると、すでに多文化教育は小中高校の教科学習テーマの一つとして指定されており、京畿道の場合は、韓国の子ども向けの多文化教育や外国につながりを持つ子どものための韓国語教育、特別クラス、予備学校などが運営されている。ところが、地域社会や市民団体の参加が皆無に等しく、地域社会と住民とは隔離されたまま多文化支援センターが一方的に提供するサービスを受けることに終わり、地域住民の参加がないため、多文化支援政策の拡大にも限界があるという評価が出ている。

実際に施行されてきた韓国の多文化政策において、ほとんどが自国中心主義の同化政策という問題点が指摘されている。政策の目標が、文化の違いや多様性を認めて対応することに合わせられるよりは、 外国人と移住者が韓国社会と文化に適応するように支援が行われているのである。異文化と混合されることに対して一般国民が感じる不安を解消するために統合を目指す一方的な「国民づくり」が前提にされた政策であった。

また、急増する外国人をコントロールするために、統合機構を通して結婚移民者とその家族、海外同胞、留学生、外国人労働者などの総合的な外国人政策が実行されなければならないという意見が登場している。少子化で生産年齢人口が減ることにより、政府の税収が減少する一方で、高齢者が増えることに伴う福祉支出が増加する。最終的には経済成長率が低下し、その対策として、海外優秀人材を積極的に受け入れる移民政策を展開する必要性が主張される。しかし、実際にはこれらも「経済」と「未来」に焦点を当てた政策にほかならないのである。

その中で、多文化社会を取り巻く様々な視点や多元化した研究方法が要求されている。多様な研究方法のうちの一つとして質的研究[2]に使用されるナラティブ理論[3]やライフヒストリー研究の方法は注目される。ナラティブ理論は精神医療学分野で頻繁に使用される理論であるが、これを多文化社会研究に取り入れ、コミュニケーション学の立場からアプローチする。多文化共生に関する研究および教育において、異文化の背景を持つ人々との相互理解を調べるための実践的理論である。また、「生活史」や「口述史」とも呼ばれるライフヒストリー(Life History)の調査方法もナラティブ理論を活用した方法である。本研究における事例調査では、質的研究方法を参考にしながら、韓国の代表的な多文化地域と言えるソウル加里峰洞の朝鮮族タウンを中心にインタビュー調査を実施することにした

[2] 人間世界の複雑さを理解し、その中で生きていく人々がどのように考えて行動し、どのように意味づけをしているかについての理解を目的とする様々な研究方法と手続き。

[3] 多文化社会研究において、コミュニケーション学の立場からアプローチし、異文化の背景を持つ人々との相互理解と多文化共生に関する研究・教育を含め、どのように活用するかを調べる実践的理論

3.現地調査:ソウル加里峰洞中国同胞タウン

加里峰洞は、1960年代国内の輸出産業団地1号として造成された旧九老工業団地労働者向けの居住地であった。1990年代に入っては、工業団地が徐々に衰退し、俗称「蜂の巣村」で部屋一つを借りて住んでいた労働者たちが立ち去ったあと、1992年の韓中国交正常化以降に所謂コリアンドリームを持って出稼ぎに来た朝鮮族がこの地域に定着するようになった。加里峰市場を中心とする加里峰洞一帯は、2003年11月に「加里峰均衡発展促進地区」に指定された後、2005年5月に「デジタルビジネスシティ」としての開発案が発表された。ところが、不動産景気の悪化と住民との対立が続く中で、10年間の開発遅れと建築許可の制限などで、地域生活の基盤施設が長年荒廃したまま放置され、ソウルで最も立ち遅れた地域となっている。

加里峰洞は韓国人日雇労働者など韓国人が約30%内外に住んでいるが、その一帯はすでに中国朝鮮族の第2の故郷に相応しい町並みが形成されている。2014年12月、ソウル市は都市再整備審議を開き、最終的に「加里峰均衡発展促進地区」の指定を解除し、2015年9月、ソウル市と九老区が加里峰洞に「チャイナタウン」を造成する内容の「加里峰洞都市再生計画」を立案した。

そういう背景から、本調査ではこの地域に住んでいる移住者の中で、対象者を選定してインタビューを行うことにした。インタビュー調査では、中国朝鮮族7人(女性5人、男性2人)と韓国人1人[4]がインタビュー対象者[5]として参加した。インタビューでは、自分が直面した状況と経験を話すことによって、自分の話を客観化させ、各家庭で起こった様々な話を互いに共有していく方法を用いた。

具体的には、韓国外国語大学大学院グローバル文化コンテンツ学科の「中国朝鮮族タウンにおける知識マップの構築」チームと一緒にソウル加里峰洞所在の「中国朝鮮族タウン」と呼ばれる地域を中心に共同調査を実施した。1次現地調査は、2015年11月14日(土)に行われた。インタビューの質問は、大きく分けて、①韓国に来た経緯 ②現在していること ③今後の計画を中心に、家族関係や韓国人との関係、韓国社会に対する意見などを含めて、自由に話をするようにした。インタビューの内容は録音されたあと、音声を文字化する方式で行われた。以後、11月中に追加調査のインタビューが実施され、2016年3月19日に2次現地調査が行われた。

[4]韓国人1人は、今まで加里峰朝鮮族タウンの形成に貢献してきた生き証人のような存在であることから参加してもらうようにした。

[5]インタビュー対象者のリストは次のようである。A(女) 黒龍江省ハルビン・教育者、学院運営/B女)遼寧省療養・中国同胞団体長/C(男) 延辺自治州・中国同胞協会長/D(男) 延辺自治州龍井・中国同胞協会長/E(女) 吉林省琿春・小学校多文化教師/F(女) 黒龍江省密山・飲食店運営/G(男) 韓国・中国同胞新聞社編集長/H(女) 黒龍江・女性団体代表。

4.調査結果の分析

インタビューの内容を分析するにあたって、個人的な話(葛藤、アイデンティティの問題)と家庭の話(家族崩壊、子供教育の問題)、社会の話(社会的差別、韓国人との交流)の三つに分けて考察を行った。インタビュー内容分析の結果をまとめてみると、第一に、朝鮮族は誰かという自分のアイデンティティに関する問題が多く語られた。第二に、中途入国子女の教育問題が挙げられ、二重言語教育に対する必要性が指摘された。第三には、家族の崩壊を超えて定着に向けた意志があるなど、朝鮮族社会に変化が現れている点である。中国現地では「朝鮮族空洞化」が起こっている中、韓国に移住した人たちの多くは、単独で暮らしている場合が多い。移住と定着の過程を経て家庭崩壊が起こっているのだ。かつてはお金を稼いで故郷に戻りたいと考える人が多かったが、今は韓国社会に根を下ろしたいという朝鮮族が増えている。第四に、韓国社会に進出し、存在感を示したいとの意見である。第五に、韓国社会への忠告が語られた点である。韓国社会の若者たちに、中国朝鮮族への相互理解と関心を持ってほしいということであった。何よりも、韓国社会における朝鮮族に対する認識が早急に改善されなければならないと強調された。次に、インタビューの内容の一部を掲載する。

  1. 朝鮮族は誰か-アイデンティティ問題

    幼い頃から父の故郷について関心があり、20代の時は外の世界への憧れもあった。中国でも安定的な生活を送ることができたが、ルーツを探し、何かに向かって努力をし、何かを達成したいという希望を持って韓国への定着を試みた。このような過程のなかで、複雑な葛藤や失望もあった。私は同じ民族として「韓国」に近づきたくて、韓国で教師になりたいという希望を抱いていたが、現実は厳しかった。私はすぐに定着したかったが、外国人登録証の発給を受けてからアイデンティティの混乱に陥った。現在、私は帰化をした。帰化の原因が何なのか、正確にこれだと言うことはできないが、帰化をしても私はやはり朝鮮族でしかない。(―Aさん―)
  2. 中途入国子女の教育問題-二重言語教育の必要性

    「彼らのために私が何ができるだろうか?」と考えたときに、学院を作り、朝鮮族の子どもたちと教育の媒体を用意したかった。韓国の教育に早く適応できるようにプラットフォームを作り、早い入学のためのつながりになりたかった。テリム国際学院の子どもたちは今は韓国語が上手ではないが、これから10年、20年後には私たちの民族の子ども発展に寄与することができるグローバルな人材になるだろう。(―Aさん―)
    テリム国際学院の長所は、中国の教科書で中国の教育課程と同じ進度で授業が進むことだ。子どもたちが父母とともに中国に戻る時、再び混乱に陥ることがないようにするためだ。私は、入国した子どもたちの韓国語の理解を助けながらも、中国語の教科書で授業をするという二重言語教育に固執する。(―Aさん―)
    韓国で多文化の学生たちを教えながら、特に心を痛めたことは、多文化の学生たちの場合、写真を撮影しようとするときに顔をそむけるということだ。理由を聞くと、他の子どもたちが自分が多文化の学生であるということを知らないのに、多文化の学生の集合写真を撮れば、他の友達たちが自分が多文化であるということを知るのが嫌だからだということだった。幼い学生たちも多文化ということに対し、劣等感を持っていることを考えると、1日でも早く韓国社会で多文化に対する認識の改善が行われ、このような学生たちが傷つかないようにしなければならないと思う。(―Eさん―)
  3. 家族の崩壊を超えて定着へ

    以前は、10所帯の中で7~8所帯は経済的な問題、在留身分の維持問題などで家庭が崩壊した。1人で来ているため、寂しくて別に家庭をつくったり、朝鮮族の一部の女性たちのなかには、食堂に就職し、食堂の経営者に酷い目に遭わされても、中国の隣人たちへの借金のために戻れないというケースも多かった。しかし、最近では中国同胞タウンの関心は、在留から定着へと変化した。(―Dさん―)
  4. 韓国社会に進出し、存在感を示したい

    「加里峰洞は韓国と中国、そして朝鮮族の文化が混在している第3の文化地帯だ。中国各地の中国料理もあるが、カラオケ文化は韓国式で、また中国同胞特有の文化が別に存在する。食べるものは、中国式にちかいが、遊ぶ文化は韓国式にちかく、この間を中国同胞たちが行ったり来たりしながら、自分たちだけの固有の文化を継続している」「加里峰洞は、結局のところ、中国+同胞=中国同胞タウンという公式がより適当だと思う」(―Gさん―)
  5. 韓国社会への忠告

    韓国人に望むことは、単一血統だとか単一民族だとかいう意識を捨て、自分と違えば無条件、排斥するという癖を捨ててほしい。中国では民族が異なっても、話し方が異なっても、違うと除け者にするようなことはないが、韓国では同じ民族であっても、話し方が異なると除け者にするが、このようなことは1日でも早くなおすべきことである。(―Gさん―)
    ある面において朝鮮族は、この仕事もするし、あの仕事もするなど、選り好みをせず、自身の将来への道を開拓しようと努力するが、韓国人は自分が好きな仕事以外はせず、状況のせいにする傾向がある。(―Fさん―)

5.おわりに-実践するために

本稿では、韓国に居住する中国朝鮮族を対象に、個々の生活体験と履歴をナラティブ化することから、その状況と葛藤を理解する実践的方案を提示しようとした。多文化社会移住者の話に耳を傾けるのは、他人の生き方に近づくことである。調査を通して、国境を越えた人たちの体験談には、複数の逆境を克服していく過程が現れており、人間の精神的発達や人格の成長が見られることがわかった。 そのような点で、多文化社会移住者たちの話が韓国社会や地域社会に積極的に知られる必要があると思われる。彼らの話は、テキストだけではなく、すでにイメージや動画で作られるストーリーテリングに発展し、文化コンテンツなど様々なデジタル分野で活用されている。移住者たちが自ら自分の話を語るプロセスを通じ、自己アイデンティティの回復と韓国社会における多様な構成員たちとのコミュニケーションの実現に期待したい。

【参考文献】

  • 糟谷知香江(2014)「ナラティブ・アプローチによる経験の振り返りー「人生紙芝居」を用いた試行的実践ー」『応用障害心理学研究』13、p.38
  • 亀崎美沙子(2010)「ライフヒストリーとライフストーリーの相違」『東京家政大学博物館紀要』15、東京家政大学、pp. 11-23
  • 高泰洙(2011)「人間福祉学の研究方法としてのライフヒストリー法に関する一考察」『四天王寺大学大学院研究論集』(6)、p.61
  • 佐藤忍(2005)「梶田孝道·丹野清人·樋口直人著『顔の見えない定住化――日系ブラジル人と国家・市場・移民ネットワーク』」大原社会問題研究所雑誌 564、pp. 69-72
  • 宮島喬(2009)「「多文化共生」の問題と課題─日本と西欧を視野に─」『学術の動向』14(12) 日本学術会議、 pp. 10-19

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